ガルトネルとブナ林
プロシア(現在のドイツ)の貿易商人R・ガルトネル。1869年(明治2年),彼は七重村の土地を借用し西洋農業を始める。母国から、りんご・洋梨・グーズベリー・カリンズ・サクランボなどの苗木やブドウなどを取り寄せ日本で初めて栽培を行った。七飯町が近代農業発祥の地を謳うのも、このガルトネルの業績となるところである。今も残るブナ林は[ガルトネルブナ林]として健在。そしてりんごは七飯町の特産物として引き継がれてきている。
R・ガルトネルは1863年(文久3年)徳川幕府、箱館奉行の許可を得て、西洋農法による開墾を始める。しかしその後すぐ明治維新が起き、明治新政府の箱館府に引き継がれ、その箱館府と七重村(現在の七飯町)付近の土地300万坪(約1000ヘクタール)を99年間借用するという契約をし、調印した。外国資本の排除を打ちだしていた新政府は、開拓使を使い箱館府が結んだ契約を解除するため交渉に当たり、1870年(明治3年)賠償金を支払い契約を解除した、これがガルトネル事件といわれる。日本が国際貿易のルールに不慣れなためにおこった事である。開拓史はこの後を引き継ぎ、七重開墾場となり、農作物の試作、家畜の飼育をすることになった。ガルトネルは1871年(明治4年)函館を後にした。
1870年苗木を植裁したものとされ、ブナ人工林としては希なものであり、大きな樹齢の木である。最高は36m(平均22m)もあり、幹は高くまっすぐに伸び、面積は0.38haである。現在[ガルトネルブナ林]として保護の対象になっている(植物群保護林)。七飯町国道5号線沿い国有林2147林班に所在する。
| 1853年 |
嘉永 6年 |
浦賀にアメリカ艦隊来航 |
| 1854年 |
安政 元年 |
箱館開港 |
| 1860年 |
安政 7年 |
プロシア艦隊来航 |
| 1863年 |
安政 7年 |
R・ガルトネル箱館へ |
| 1869年 |
明治 2年 |
蝦夷地を北海道と改称、箱館を函館と改称 |
| 1870年 |
明治 3年 |
契約を解除 |
| 1871年 |
明治 3年 |
R・ガルトネルがドイツへ帰国 |
| 1873年 |
明治 5年 |
太陰暦を廃止し、太陽暦を採用する |
| 1881年 |
明治14年 |
明治天皇七重勧業試験場行幸 |
| 2005年 |
平成17年 |
ガルトネルのブナ林は大きく育っている |
国道5号線から
望むブナ林
左側一部
ブナ林への入り
口
道路より引っ込
んでいるのでわ
かりずらい
5〜60m入ると
広場になってる
右手にログハウ
ス
左手のブナ林を
望む
広場左手の
看板
ブナ林そば
の看板
ガルトネルブ
ナ林の説明
ブナ林内部